|
シドニーにいた時、有名なエアギタリストがいました。 実際に有名だったかは不明ですが。 身近な人はみんな知ってました。 マーティンプレイスを歩いたなら、その衝撃を忘れられないと思います。 彼は板切れを抱えて一心不乱に搔き鳴らしました。 エアギターのジャンルなど無い時代に、です。 まさに先駆でした。 しかし早すぎた、時代が彼に追いついてなかった、残念です。 もう少し遅かったら、youtubeで成功したろうに。 「伝説のエアギタリスト」と言う称号があるとすれば、彼のものです。 彼はきっと成功できただろうに。 金に苦労する事もなかったでしょう。 食べ物に困る事もなかったでしょう。 いや、寝る所にも。 実は、彼はホームレスでした。 汚い服、髭だらけ、ボサボサに伸びた髪。 そしてまだ当時は誰が見ても怪しすぎでした。 「板切れをジャカジャカやってるよ、頭いかれてる」 「かわいそうに、よほどギターに憧れてたのかな?」 「あれでお金もらえると思ってるの?」 彼の話題になると、ちょっとバカにしたような、お笑いネタでした。 今じゃ「エアギター」なのに。 久しぶりに彼の事を思い出しました。 先駆者は大抵、理解されません。 今や、彼のまねをして金を稼ぐ人はいるのに。 そうじゃない時代にそれをやり、貫けるか? 彼はそれをしました。 それに特筆すべきは、他のホームレスとは違う所です。 普通はダンボールに「お恵みを」と書いて、空き缶か何か置いて、座っています。 彼は、毎日マーティンプレイスに現れ、彼なりに働いていたんです。 誰も理解しようともせず、彼を見ようともしません。 素通りです。怪しがるだけ。 「どうしてそれをやろうと思いついたのかな?」 「最初はビビったのかな?」 アーティストならそう思うはずです。 誰も観てくれなくても、毎日やり続ける、それもすごいなと。 誰もやった事のないアイデアをやる、すごいなと。 アーティストとはそういう事をする人たちなのです。 いや、そうじゃなくて、ホームレスになって全て失ったんじゃないか? CDプレイヤーも、ギターも。 唯一できるのがエアギターだったのかも知れない。 などと色々妄想しました。 自分が情けなくなりました。 彼はホームレスでも、夢を失わなかった。 どんなに状況は酷くても、彼はギターを弾き続けた。想像の中で。 いや、搔き鳴らしている間は、心の中で鳴っている音に陶酔していた。 本当は気持ちいいから、やっていた。 それは僕がギタリストだから分かる。 でなければ毎日続けられるわけがない。 当時はそんな風に考えられませんでした。 ひたすら忙しく、店の売り上げを入金するため、ANZバンクを目指し、マーティンプレイスを早歩きするだけでした。 でも昔見えなかったものが、今なら見える。 僕も狂ったのか? 狂人と思われても、誰も観てくれなくても、人通りの多いマーティンプレイスで、孤独にプレイし続けました。 来る日も来る日も。 「どんな音楽が頭で鳴ってるの?」 今もし彼に会えるなら、質問したいです。 もし何もかも失ったとしても、彼のように何かやらなきゃと思いました。
でも、そうでない今は、なおさらそうでしょう? コメントの受け付けは終了しました。
|
アーカイブ
4月 2023
|