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今では不可能なミニマルライフを経験させて頂きました。 それは1994~95年にかけての昔話になります。 振り返ると、僕の人生で当時が一番ミニマルでした。
ブラジルに1年住みました。 当時のブラジルは、日本で言うと1970年代のような感じでした。 まだ普通にレコードが売られてました。 家電、文房具、服、全てがポンコツなのです。 一応服だけは現地人のフリをするために買いました。 その他は買う気になれない3流品(しかも高い)ばかりでした。 だからモノは買わなかったです。 日本から持参した、スーツケース一つに収まるモノだけです。 服以外に持っていたモノは…
無かったモノは…
今はスマホに色んな電化製品が集約されてます。 当時はそれぞれ単品の貴重品として、持ち歩いてました。 そして僕はそれらをほぼ持ってませんでした。 つまり服とギターとアンプとペダル以外は、ほとんど所持品がない生活でした。 当時は普通の家にも電話が無く、連絡取れません。 沢山の公衆電話がある建物まで、20分くらい歩いて行かなくてはなりませんでした。 毎週おんぼろバスに乗って小さな町へ出向いて、ライブをするという生活でした。 12時間くらいの旅で、木曜~日曜まで滞在し、帰宅します。 そんな生活です。 とても楽しく、新鮮な経験でした。 やりたい事を思い切りやって、その他は何もありません。 シンプル極まりない生活でした。 沢山の人と出会いました。 ネットもなく、情報はゼロでしたが、みんなに助けてもらいました。 自分では何もできず、人に頼るほかありません。 ポルトガル語も全く話せませんでした。 日系人の友達が二人いたのと、アメリカ人のファミリーがいたのは助かりました。 しかしそれ以外はポルトガル語しか通じません。 そんな生活でしたが、とても幸せでした。 ホームシックにもかからず、みんなに良くしてもらって寂しい思いはしませんでした。 情報がなく、何がどうなっているのかさっぱり分からなくても、毎日は楽しく過ぎていくのです。 ネット以前の、第三世界のブラジルで暮らせた事は、僕にとっての財産となりました。 最初の頃はまだハイパーインフレがありました。 常に値段が上昇していくのです。 スーパーの値札ステッカーが分厚く重ねてあったのに驚きました。 給料日にはみんながスーパーに殺到します。 日を追うごとに現金の価値が下がるからです。 だから僕は現金を所持する事もできず、かといってクレジットカードを使える店も当時はありません。 つまりお金のない生活でした。 お金が無くても幸せでした。 僕は観光ビザだったので、お金を稼ぐ事は出来ませんでした。 しかしバンド(アメリカ人宣教師家族+ブラジル人たち)に加入し、そのギャラの代わりに部屋と食事を支給してもらってました。 そんな経済状況だったので、給料をもらうより都合良かったです。 ブラジル人は、腐敗した政治家たちに国民は不信を募らせつつも、金以外の部分で幸せに暮らす術をマスターしていました。 家族が助け合う、教会の仲間同士助け合う、そういう人たちにアミーゴの文化を教えてもらいました。 今の日本に欠けているものは、そういう温かさだと思います。 スマホは便利です。 しかし便利とは人間関係を疎遠にするものかも知れません。 自分で調べれば事足りるからです。 人に尋ねるならば、「ググってから訊けや」と言われる始末です。 都合の良い時だけの関係となってしまいました。 人に迷惑をかける、手間をかける事を異常に嫌うようになりました。 そのくせ、歴史上最も孤独な時代でもあります。 自殺者、精神病の数がそれを物語ます。 ミニマルな生活でも、そんな孤独な思いをする人が多いようでは残念です。 僕としてはネットが仮に無くなったとしても、家族が共にいればそれでオーケーなのが分かってます。 妻と娘と仲良く暮らせる事がまず大切です。 ミニマルな1年間を思い返して、心からそう言えます。 スマホがあるからミニマルライフが出来ると言わずに、スマホなど無くても十分できると言いたいです。 僕もスマホの恩恵を受けている人間なので、なければ少しは困りますが、この世から消えてしまえばみんな諦めるでしょう。 もし可能なら、みなさんにもネットやスマホの無い世の中で、ミニマルライフをするのがどんなにいいか体験して欲しいです。
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4月 2023
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