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ミニマリストとして生きたくても、家族がいると思うようになりません。 でもミニマリズム>家族ではありません。 よって忍耐すべきです。 自分に関して言えば、それなりに断捨離しました。 しかし年月とともに、捨てるべきものが出てくるものです。 気持ちに踏ん切りがつき、捨てられるようになったものもあります。 気づいたのは、モノを捨てる以上に、ミニマリズムの醍醐味はセルフアウェアネスではないかと。 最近、極限まで捨てる人とか、病的な人の動画を観て楽しんでます。 でもそこで、ちょっと疑問もありました。 モノは捨ててるけど、そのぶんスマホに依存しているんじゃないか? 必要以外にスマホで時間を過ごしていたら、どうなんだろう? すごく不健康じゃないか?などと。 テレビを捨てて、ネットフリックス三昧だったら、結局はテレビ観ているのと大して変わりません(好きなコンテンツを選べるのは大きな違いですが)。 むしろ小さな画面で、目に悪い。 SNSにハマっていたら、脳にも心にも悪い。 僕はそうではなく、家族や音楽や教会や友達とのリアルな関係のためには、ミニマムじゃない事もオーケーです。 人を家に招きたいし、家族と遊ぶためのグッズもあった方がいいし… だから究極のミニマムというのは、単純にモノの少なさより、セルフアウェアネスと共にあると思います。 僕が好きなミニマリスト達は価値観が似ていて(だから好きなんですが)家族とか、教会とか、一見面倒そうな人間関係にも重きを置いています。 有害な人間関係は遠ざけてますが。 仕事のみならず、大切にしていることのためのミニマリズムです。 それが判れば、究極的に減らすかどうかは関係ないように思います。 大切にしているものを、存分に大切にできていれば。 究極的に捨てた後に、スマホで遊ぶだけの人生になっていたら…それもまた病気です。 「好きなら別にいいじゃん」と無関心でいられる話でもありません。 ドラッグやアルコールなら分かりやすいですが、スマホはどうか。 でもドライブしながらスマホを見るのは重症だと思いませんか? カル ニューポート曰く、スティーヴ ジョブズのオリジナルに戻るべきだと。 電話、ネット、音楽、この3つがそもそもの形でした。 SNSはデスクトップでやるだけにした方がいいと。 もっと大切にすべきことがあるはずで、それがないのも問題ではないかと。 スマホ以上に大切なことがない人が多そうに思えてなりません。 自殺や孤独な人が世界1多そうな日本ですから。 ミニマリストが急増しているのは嬉しいです。
動画を観ると面白いけれど、ちょっとした流行りなのかな? モノ以外の話がもっとあった方がいいと思いました。
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4月 2023
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