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比較の上に成り立つ幸せは脆いです。 また比較の上に成り立つ満足もそうです。 人との比較は一時的なモチベーションになるかも知れませんが、捨てる勇気がなければ終わりなき戦いとなります。 「世界中には沢山の飢えた人がいる…」
「沢山の離婚したカップルが…」 「借金している人が…」 「自分はそうではないから、まだましだ」みたいな考えはいけません。 その逆もまた然り。 「あんなすごい持ち家に住んでいいなあ…」 「あんなカッコいい車に乗っていいなあ…」 「あんな高収入でいいなあ…」 「…自分なんか全然だめだ」みたいな考え方もいけません。 他人と比較して、優越感に浸るのはやめましょう。 また他人と比較して、劣等感に浸るのもやめましょう。 状況が変われば、他人との関係も全く変わるからです。 そんな脆い尺度は捨てましょう。 「金持ちが不幸で惨め」だという事もあります。 僕はアメリカに留学していた頃、お金もちの人たちでも、色々と問題を抱えている事を知りました。 金持ちには、金持ちならではの悩みがあるのです。 もちろん、お金の心配がないのはいいです。 しかし、心配事はお金に限りません。 お金は色んな危険やトラブルも引き寄せます。 ブラジルで暮らしていた時は、少し貧しい生活も知りました。 だからといって、不幸ではなく、むしろ幸せでした。 電話、洗濯機、車などが無くても、近所同士が仲良く暮らしていて、それはそれは素晴らしい経験でした。 日本とは違い、ブラジルは色んな人種がいて、先祖も色んな国籍が混ざっていて、雑種みたいな感じです。 そういう土地だと、みんな違うのが当然なのです。 だから比較になりません。 貧富の差は、ものすごくあるので、おおざっぱに比較する事も出来ます。 自分の生まれを嘆いたり、人を妬む事もあるでしょう。 でも努力しても無駄な差は、あきらめがつきやすいです。 僕が自分にこだわるのは、こういった経験があるからだと思いました。 色んな国で住んで、それぞれの国で、違う文化の人と比較してたら、疲れてしまいます。 日本という小さな国の、愛知県の西三河地方という、恐ろしく保守的な文化の人たちと比較するのは、馬鹿げてます。 僕はお山の大将を目指すつもりはありません。 死に際に悔いのないよう、自分の生き方を貫くまでです。 身近にいる、大切な人たちと、楽しく生きます。
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4月 2023
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